木野監督退任のお知らせ

本田名誉会長より、木野監督退任に関して皆様にお知らせがございます。

 平成26年3月3日
        京都大学ハンドボール部OB会 名誉会長 本田勝亮


京都大学ハンドボール部OB会諸兄


              木野実氏監督退任について


木野実氏に監督就任をお願いして、この3月末で3年が過ぎようとしています。
小生と木野実氏とは、小生が会社生活を引退してすぐの平成10年に湧永合宿をお願いした際、当時、湧永ハンドボール部部長だった同氏と初めて会って以来のお付き合いで、それ以来、毎年春の合宿でお世話願い、同氏が岡山の環太平洋大学教授の4年間もその時々に交際を重ね、同大学が所属する中四国学連で2度に亘る不当な裁定を受けた際に、当時関西学連の副会長であった小生からその不当を全日本学連に訴えたりした縁もあり、同大学を退任されたのを機に、京大の監督就任をお願いした経緯があります。
京大の前監督は、昭和43年卒の山口栄一氏で、平成20年よりの4年間を厳しい指導で、部の甘い雰囲気を建て直し強化してくれていましたが、木野氏に監督就任を要請して、立教大学出身で
1972年ミュンフェン、'76モントリオール両オリンピックに主将として出場し、湧永監督時代の4年間に全日本総合に4連覇する等の経歴の同氏から、外部からの厳しい指導方法を取り入れ、山口前監督が築いた環境に更に厳しい指導をお願いしようと意図したものです。
監督要請には、黒住、山口と小生が、藤森会長とも相談しながら当りましたが、当初、4年間の就任をお願いしました。4年間というのは監督就任1年目の入学生が4回生になるまで指導を完結出来る一つの期間と考えるからです。木野氏の家庭の本拠は埼玉県久喜市にあり、京都で指導に当るには本拠に帰られる夫人との別居生活を強いることになることもあり、取敢えず1年契約で年毎に契約更新することで合意し、2年間は問題なく過ぎました。一昨年の12月に成績不振を理由に辞任を申し入れられ、成績云々ではなくチーム力が技術、体力、メンタル面で素晴しく強化され、従来のチームから大きく向上しており、実績向上はこれからの課題でそれには木野監督の力が必要と同時に、木野監督の後任を昭和44年卒の伊賀忠昭氏に決め、木野イズムの習得に時間が必要と説得、3年目の就任を承知していただきました。
木野監督の指導は、当初は体力の強化、身体能力の強化から始まり、プレーそのものの高度の技術を精神力の強化と共に植えつける努力をしていただき、チーム力の向上はもとよりチーム全体の雰囲気が一変したと考えております。今年度の春季リーグでは、既存の部員全体が力足らずで3部に落ちましたが、秋期リーグでは、力のある新入部員を加え既存の部員の力の向上もあり、3部リーグで全勝大勝し2部に復帰したのは周知の通りですが、小生が関わった20年弱の中で、心技体揃った最強のチームが出来上がっていると思っています。半面、週3回各2時間しか体育館を使用できず、人工芝に代わった農学部グランドを使用しても週2回程度の練習環境と、定期戦後に引退する4回生や、試合前日でもレギュラーが揃わない学業との兼ね合い等、国立大学故の練習環境の制約の中で、ここまで育てて頂いたご努力に心からの敬意と感謝を捧げなければならないと感じております。
昨年末、小生の所に辞任の意向の手紙を頂き、多少覚悟はしていたものの、黒住、山口、伊賀諸氏と小生で、是非もう1年とお願いしましたが、辞任の理由が、3年間の別居生活で、家庭生活に不都合が生じだしているとの理由を言われると、元々木野夫人には別居生活強要で申し訳ない気持ちで一杯だったことで、反論の仕様がなく、3月末の合宿終了まで指揮を取るという条件で、来年度からの辞任を了承した次第です。
辞任されたとしても、京都大学ハンドボール部との縁が切れるわけではなく、OB会に名誉会員として加わっていただき、4月以降も折に触れ、助言を頂くことなども了承していただいております。
3月の合宿は、今のところ、21日夕刻広島入り、22日から24日まで湧永、25日から岡山で27日まで倉敷中山体育館、28日は吉備路アリーナ体育館、29日は環太平洋大学となっています。
又、29,30日は恒例の葵会連荘ゴルフ会となっており、さらに、29日18時からは昨年なくなった昭和38年卒の西村孝氏の大元神社祖霊殿への納骨式にゴルフ組OB及び現役が参加します。その後神道山に移り、これも恒例の大元鍋の宴会となるわけですが、今年は、木野監督の送別会として行なう予定です。
ゴルフをする方もされない方も、西村氏の納骨式と木野監督の送別も兼ねて、OB諸兄の多数のご参加をお願いする次第です。                            

以上